
[プロフィール]
昭和37年生まれ。北海道出身。
昭和55年9月入社。
アルマイト全般を担当。とくに硬質アルマイトが専門。
電化皮膜工業のA2000系の硬質アルマイトは、板垣が開発した。
1分でも速く、よい品物を処理することを心がけて仕事をしている。
現在、板垣は電化皮膜工業の人材育成・アルマイト全般の技術指導を担当している。具体的には、アルマイトで不具合品が出た場合の直し方や、比較的高度な仕事の処理の方法を若い職人に教えている。
技術指導ができる腕を持つまで、板垣は勉強を重ねてきた。1級技能士、職業訓練指導員の免許も取得した。また、現在は航空機整備関係分野の表面処理で、高度熟練技能者およびかわさきマイスター*1に認定されている。
*1 かわさきマイスター : 神奈川県川崎市内に在住、または勤務している優れた技術技能者に与えられる称号
アルマイト処理の仕事は、手作業の細かい仕事ばかりだ。仕事の速さ・正確さでは、電化皮膜工業では板垣の右に出る者はいない。腕を磨くために、板垣は何をしてきたのだろうか。
板垣が入社したきっかけは、電化皮膜工業に板垣の叔父がいたから。高校を中退して北海道から東京に出てきた板垣は、とくにやりたい仕事もなく、たまたま叔父が勤めていた縁で入社した。
叔父から、「何をやっても中途半端なのは困る。入ってから3年間は無遅刻・無欠勤をしなさい。」と言われ、3年間無遅刻・無欠勤を通した。
「不良少年というレッテルを貼られていたので、それを改善するには、きちんと働いているという姿勢を見ていただくしかない。」と自分で決めたのだ。
当時の板垣にとって仕事は難しく、覚えるのがやっとという生活。
「毎日同じ品物を処理するのは簡単ですが、お客さんから預かった品物なので、処理の仕方も、品物をセットする方法も違います。しなければならないことが毎日違うので、それを覚えるのが厳しかったですね。」
その頃は、仕事は「教えてもらう」より「見て覚える」が主流だった。だから、本当にわからないこと以外は、先輩の職人の仕事を見て、自分がやってみて、体で覚えるしかなかった。
その上、アルマイト処理という仕事は、ここまで覚えたらいいということはない。次から次へいろいろなことを覚える必要がある。
「アルミニウムでも、種類としたら30種類ぐらいあります。アルミに添加剤として銅が入っていたり、珪素が入っているとか、亜鉛が入っていたり。成分によって処理の仕方が全然違うんです。アルミの種類も覚えなければならないし、処理も覚えなければならないので、大変でした。」
「また、どこが悪くて失敗したか自分でわからないと、いつまでも同じ失敗を繰り返してしまいます。それでは、不具合品の改善にならない。電解液の組成を変えたり、電解時間を変えたり、セットの仕方を変えたりと、いろいろ試して、研究してきました。」
板垣が入社した頃は、若い社員が少なかったので、すべての仕事を担当した。納期が間に合わない部署にいつも回されていた。通常は、白アルマイト、黒アルマイト処理などで担当が決まっている。だから、全部の技術を身につける人は少ない。その中で、板垣はいろいろな部門を担当したことで、技術を磨くことができたのだ。
奥が深く、到達点のない仕事。負けず嫌いの板垣は、その技術を追求し続けた。そして、「不良少年」のレッテルは自然と剥がれていった。
電化皮膜工業での仕事は、根気も必要。朝から晩まで立って仕事をする。力も必要だし、手先も使う。頭で考え込んでいても、仕事は身につかない。とにかく体で覚えるしかない。
また、資格をとっても腕がついていかないと、職人同士の評価はシビアになる。
資格をとれば給料は上がるが、給料に見合う腕を持っていないと、現場では認めてもらえないのだ。
社内独自の評価基準があるから、「2級や1級の資格を取ったとしても、専門機関は認定したかもしれないけれど、うちの中ではまだだね。」などと言われることもある。
板垣が担当した製品が不具合品になってしまったとき、社長に「1級を持っているんだろう?」と嫌味を言われ、それが非常にくやしかった。でも、くやしかったら、不具合を出さないように努力するしかない。資格を取ると、仕事への要求が高くなる。だから、不具合を起こすと「板垣さん、こんなことしたの」と言われる。お互いにチェックし合うことで、社内全体で技術のレベルを上げているのだ。
だからと言って、電化皮膜工業の職人同士、仲が悪いということはない。問題が発生したとき、次につなげていこうという気持ちで、不具合が発生した情報をみんなで共有している。だから、個人的に問題を抱え込んで悩む人は少ない。「どうして問題が発生したのか」という話をお互いにできる関係だ。
また、社内にフットサルのチームがあり、月1回みんなが集まって楽しんでいる。
こうして、お互いに切磋琢磨し、助け合い、ひとつのチームを作っている。
人材育成に携わる板垣は、D級サッカー指導員の資格を持ち、また4級サッカー審判員の資格も持っている。
人を育てるのが上手な板垣に、人に何かを教える・伝えるために何が必要か聞いてみた。
「自分で考える、考えさせることが大事です。私は自分のコピーを作るのが嫌いです。1から10まで教えれば、自分と同じ考えを持った人が育つかもしれない。でも、それではだめで、自分の考えを持った人が必要です。私の教えたことに疑問を持って、こういうやり方ではだめですか? そう言ってくれる人を育てようと、いつも努力をしています。」
板垣がこう答えるのには、理由がある。自分の考えを持たないで仕事をすると、技術は絶対に身につかないと考えるからだ。人に言われたことをやっているだけでは、底が見えるのが早い。自分で考えて、こうすればうまくいく、こうすれば失敗すると、ひとつひとつ理解してほしいと思っているのだ。
「私は答えをすぐに教えません。不良品になって、どうしても直し方がわからないと聞いてきた場合には、その答えを教えます。」
そんな板垣の座右の銘は、「コーチぶらない・親ぶらない・上司ぶらない」である。
ものを作る職人としてのこだわり。それは「あきらめない・難しいことに挑戦すること」。電化皮膜工業では、他社が扱えない仕事が回ってくることも多い。そのため、板垣でも悩む仕事が多い。
板垣が、神奈川県川崎市から「かわさきマイスター」に認定されたのは、ジュラルミン(A20系)に硬質アルマイト処理で150ミクロンまで皮膜をつける特殊技術を持っているからだ。ジュラルミンは、アルミに添加剤として銅が入っている材料。普通のアルマイトでは、皮膜をつけられても3ミクロンくらいだった。
日本には、電化皮膜工業と同じような表面処理をする会社は多くあるけれど、ジュラルミンに150ミクロンまで厚く皮膜をつけられる会社は電化皮膜工業だけだと思う。
この仕事は、お客様からの要求に答えて、板垣が研究した。150ミクロンまで皮膜を付けられるようになるまでに5年かかった。
最初は、ビーカーで液組成を変え、電気の上げ方や電解方法など、条件を変えていろいろ試した。通常の仕事のほかに、このテーマで研究をし続けたのだ。そうして、特殊技能を持つ職人として、「かわさきマイスター」に認定されることになった。
この仕事をしてよかったこと。それは、会社に恵まれたと思っていること。
1級技能士と職業訓練指導員をとったおかげで、国から高度熟練技能者を認定してもらい、かわさきマイスターとして認定された。これは、自分の励み・自信になっている。
「こういう資格をとったことで、娘と息子が私を見る目が以前と違います。うちのお父さんはすごいと認識してくれている。それがうれしいことです。」
将来の目標は、「現代の名工」になることだ。
電化皮膜工業には、段階的にいい手本、いい先生が同じ職場にいる。若い職人にとって、東城は遠すぎる存在。でも、板垣が間にいて育成に関わることで、板垣のようになれるかもと未来の自分をイメージできる。そして、板垣は東城を目標に、自分自身を磨き続けられる。
これが、電化皮膜工業で、日本の技術を伝え続けるよい流れになっている。
| 2009年 JISQ9100(航空・宇宙品質マネジメントシステム)認証取得 |
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